第一部 【企業情報】

 

第1 【企業の概況】

 

1 【主要な経営指標等の推移】

回次

第9期

第10期

第11期

第12期

第13期

決算年月

2021年3月

2022年3月

2023年3月

2024年3月

2025年3月

売上高

(千円)

687,502

640,921

954,693

673,532

1,357,133

経常利益又は経常損失(△)

(千円)

255,838

202,340

144,221

636,371

281,499

当期純利益又は
当期純損失(△)

(千円)

201,609

153,319

90,181

641,317

205,766

持分法を適用した場合

の投資利益

(千円)

資本金

(千円)

231,053

231,053

788,972

818,060

825,197

発行済株式総数

(株)

226,327

22,632,700

25,306,800

25,577,500

25,639,300

純資産額

(千円)

591,033

744,353

1,950,373

1,367,231

1,587,272

総資産額

(千円)

1,078,578

1,617,795

2,672,961

2,295,159

2,503,123

1株当たり純資産額

(円)

26.11

32.89

77.07

53.45

61.91

1株当たり配当額
(1株当たり中間配当額)

(円)

1株当たり当期純利益又は
1株当たり当期純損失(△)

(円)

8.97

6.77

3.66

25.15

8.04

潜在株式調整後1株当たり当期純利益

(円)

3.52

7.92

自己資本比率

(%)

54.8

46.0

73.0

59.6

63.4

自己資本利益率

(%)

43.76

22.96

6.69

13.9

株価収益率

(倍)

226.3

49.0

配当性向

(%)

営業活動による

キャッシュ・フロー

(千円)

36,724

654,914

28,491

301,350

317,754

投資活動による

キャッシュ・フロー

(千円)

43,602

72,228

54,027

12,001

14,547

財務活動による

キャッシュ・フロー

(千円)

236,972

18,530

1,011,623

35,736

12,246

現金及び現金同等物

の期末残高

(千円)

610,773

1,174,929

2,161,016

1,883,400

1,538,853

従業員数
〔ほか、平均臨時雇用人員〕

(名)

8

9

10

7

17

-〕

-〕

-〕

-〕

-〕

株主総利回り

(%)

42.7

47.5

(比較指標:東証グロース指数)

(%)

(―)

(―)

(―)

(97.3)

(86.8)

最高株価

(円)

1,447

847

625

最低株価

(円)

661

252

318

 

(注) 1.当社は連結財務諸表を作成しておりませんので、連結会計年度に係る主要な経営指標等の推移については記載しておりません。

2.持分法を適用した場合の投資利益については、関連会社がないため記載しておりません。

 

3.潜在株式調整後1株当たり当期純利益については、潜在株式は存在するものの、第9期及び第10期は、当社株式は非上場であり、期中平均株価が把握できないため記載しておりません。また、第12期の潜在株式調整後1株当たり当期純利益については、潜在株式は存在するものの、1株当たり当期純損失であるため記載しておりません。

4.当社は配当を行っておりませんので、1株当たり配当額及び配当性向につきましては、それぞれ記載しておりません。

5.第9期及び第10期の株価収益率は当社株式が非上場であるため記載しておりません。

6.第12期の自己資本利益率、株価収益率については、当期純損失であるため記載しておりません。

7.臨時従業員数は、在籍していないため、人員を記載しておりません。

8.2021年7月15日付けで普通株式1株につき普通株式100株の割合で株式分割を行っております。第9期の期首に当該株式分割が行われたと仮定し、1株当たり純資産額及び1株当たり当期純利益又は1株当たり当期純損失(△)を算定しております。

9.第9期から第11期の株主総利回り及び比較指標は、2022年6月23日に東京証券取引所グロース市場に上場したため、記載しておりません。第12期の株主総利回り及び比較指標は、2023年3月末を基準として算定しております。

10.最高株価及び最低株価は、東京証券取引所グロース市場におけるものであります。
ただし、当社株式は、2022年6月23日から東京証券取引所グロース市場に上場されており、それ以前の株価については該当事項がありません。

 

 

2 【沿革】

 

年 月

概 要

2012年5月

当社の前身となる、ドライアイ新規薬剤、ドライアイケアグッズの開発・製造等を目的として東京都港区に㈱ドライアイKT設立

2014年6月

近視予防物品及び近視予防セットに関する特許を出願(当社パイプラインTLG-001)

2015年2月

㈱ドライアイKTが㈱近視研究所、㈱老眼研究所を吸収合併し、㈱坪田ラボに商号変更

2015年12月

近視予防又は近視の進行を遅らせること等ができる身体装着用の照射装置に関する特許を出願(当社パイプラインTLG-001)

2017年3月

近視予防又は抑制剤、マウス近視誘導モデルの作製方法及び近視予防又は抑制医薬スクリーニング方法に関する特許を出願(当社パイプラインTLG-001)

2017年5月

近視予防用組成物及び機能性食品に関する特許を出願(当社パイプラインTLM-005)

2019年2月

坪田一男が当社代表取締役社長に就任

2019年3月

住友ファーマ㈱とバイオレットライトを用いたうつ病及び認知症に関する共同研究契約を締結(当社パイプラインTLG-005)

2019年4月

近視進行抑制を目指した医療機器TLG-001による探索治験を開始

当社として慶應義塾大学信濃町キャンパス内総合医科学研究棟(リサーチパーク)4S7研究室を開設

2019年5月

㈱ジンズホールディングスとTLG-001(バイオレットライトを用いた近視予防を目的とした眼鏡型の医療機器)に関する実施許諾契約を締結

2019年6月

本社を慶應義塾大学信濃町キャンパス内2号棟5階へ移転

2019年11月

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の2019年度「研究開発型ベンチャー支援事業/シード期の研究開発型ベンチャーに対する事業化支援」の事業者に選出(当社パイプラインTLG-005)

2020年6月

本社を慶應義塾大学信濃町キャンパス内2号棟5階から東京都新宿区信濃町34番地トーシン信濃町駅前ビル304へ移転

2020年10月

 

ロート製薬㈱と当社が保有する近視抑制点眼薬に関する知的財産権及び研究開発成果に関する実施許諾契約を締結(当社パイプラインTLM-003)

ロート製薬㈱と近視抑制のメカニズム、リバウンド等の基礎研究に関する共同研究開発契約を締結(当社パイプラインTLM-003)

2021年3月

住友ファーマ㈱と脳活性化バイオレットライトメガネTLG-005を用いた、うつ病、軽度認知障害及びパーキンソン病についての共同研究契約を締結

2021年4月

マルホ㈱とマイボーム腺機能不全の処置剤に関する国内及びアメリカ、フランス、イギリス、ドイツ等への実施許諾契約を締結(当社パイプラインTLM-001)

2021年9月

ロート製薬㈱と2020年10月に締結した実施許諾契約の対象国に、台湾、ベトナム、インドネシアの3カ国を追加する覚書を締結

2022年6月

東京証券取引所グロース市場に株式を上場

2022年11月

Twenty Twenty Therapeutics社とTLG-001の北及び南アメリカ大陸を対象とした独占実施許諾契約を締結

 

 

年 月

概 要

2022年12月

Laboratoires Théa社とTLM-003の米欧等を対象とした独占実施許諾契約を締結

2023年6月

日本スタートアップ大賞 審査委員会特別賞を受賞

2023年9月

「老齢犬の認知機能低下に対する認知機能改善機器の研究開発」が成長型中小企業等研究開発支援事業(Go-Tech 事業)として採択

2023年10月

近視進行抑制を目指した医療機器TLG-001 検証的臨床試験の被験者組み入れ完了

2024年3月

「網膜色素変性症に対する革新的医療機器の開発」がTOKYO 戦略的イノベーション促進事業における助成事業として採択

2024年3月

「光照射による月経不順治療機器の開発」が女性のためのフェムテック開発支援・普及促進事業における助成事業として採択

2024年3月

ロート製薬㈱と当社が保有する点眼薬に関する知的財産権及び研究開発成果に関する知的財産権実施許諾契約を締結

2024年7月

中国「Eye Valley」に日本企業で初めてオフィスを開設

2024年8月

慶應義塾大学のインキュベーション拠点「CRIK信濃町」へ本社を移転

2024年9月

中国大手眼科用医薬品メーカー「Shenyang Xingqi Pharmaceutical Co.,Ltd.」との独占的実施許諾契約締結

2024年10月

ロート製薬㈱と点眼薬に関する評価契約締結

2024年10月

Laboratoires Théaと非臨床試験データ及び一部臨床試験結果に関するライセンス契約締結

2024年12月

「Well-being & Age-tech 2024 Award」にて優秀賞を受賞

2025年3月

中国「Beijing Yijie Pharmaceutical Technology Co.,Ltd.」と中国におけるTLG-001に関するライセンス許諾契約を締結

 

 

 

3 【事業の内容】

株式会社坪田ラボは「ビジョナリーイノベーションで未来をごきげんにする」をミッションに掲げ、近視(*1)・ドライアイ(*2)・老視(*3)・脳疾患を対象に、画期的な治療法の創出を目指す慶應義塾大学医学部発ベンチャー企業です。当社は、慶應義塾大学医学部眼科学教室における研究成果を社会に届けること、並びに医療分野においてイノベーションを実現することを目的として、2012年5月に株式会社ドライアイKTとして設立されました。近視、ドライアイ、老視は、いずれも超高齢社会における健康長寿の延伸およびQuality of Vision(視覚の質)の観点から重要な課題と認識されているものの、現在も根本的な治療法が確立されていない、いわゆるアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患領域(*4)であると認識しております。世界的には、近視は約26億人、ドライアイは約7.5億人、老視は約18億人の患者が存在すると推定されています。当社では、これら3つの疾患領域に加え、眼と同様に中枢神経系に属する脳疾患領域にも研究対象を拡大しており、提携大学等との連携のもと、先進的な研究を推進しております。パートナー企業への導出、共同開発等を通じて、こうした研究成果を社会への新たな価値として提供することを目指しております。なお、当社の事業は研究開発事業に特化しており、単一の事業セグメントで構成されています。


 主な提携研究機関 :学校法人慶應義塾

主なパートナー企業:株式会社ジンズホールディングス、ロート製薬株式会社、わかもと製薬株式会社、

          マルホ株式会社、Laboratoires Théa、Shenyang Xingqi Pharmaceutical Co., Ltd.

 

*1 近視:無調節の状態で眼に入る平行光線が網膜の前方で結像する眼の屈折状態。視力障害を伴うものは疾  患であり、進行抑制・治療の必要がある。

*2 ドライアイ:様々な要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり、眼不快感や視機能異常を生じ、眼表面の障害を伴うことがある。

*3 老視:40歳前後からはじまる誰もがなる眼の老化で、水晶体の弾力性が弱まり、調節力が低下した結果、近いところが見えにくくなる症状のこと。

*4 アンメット・メディカル・ニーズ領域:いまだ有効な治療法がない疾患に対する医療ニーズがある領域   のこと。

 

 

(1) ビジネスモデル

当社は、パートナー企業との共同研究開発契約や実施許諾契約による契約一時金、マイルストーン、さらにパイプラインの上市後に得られるロイヤリティ収入によって事業収益を確保し、その収益を新たな研究開発に再投資する循環型のイノベーションモデルを採用しています。現時点においては、契約一時金およびマイルストーン収入が当社収益の中心を占めています。大学では日々高度な研究が行われ、特許取得や論文発表に至るケースが多いものの、研究成果が実際に社会で活用される「社会実装」にまで至らないケースも少なくありません。こうした状況を背景に、当社は慶應義塾大学医学部発のベンチャーとして、大学の優れた研究成果や知的財産(=“サイエンス”)を事業化(=“コマーシャリゼーション”)し、社会に革新(=“イノベーション”)をもたらすことを使命としています。当社の事業は、基礎研究から初期の臨床試験(治験)段階までを担い、その成果をもとにパートナー企業への導出を行い、パートナー企業による後期臨床試験を経て最終的に患者さんのもとへ製品が届く、BtoB(企業間取引)型のビジネスモデルを志向しています。研究開発の実務は、高度な専門性を有する外部研究者(委託研究員)との連携により遂行されており、これにより効率性と柔軟性を両立しながら、多様な疾患領域に対応することが可能となっています。医薬品や医療機器の開発・販売には長い期間を要することから、当社では一般市場向け製品(コンシューマー製品)の企画・研究開発・販売も並行して進めるデュアル戦略を採用しております。加えて、コンサルティング業務等による安定的な収益基盤の確保にも取り組んでおり、現在までに数十社の企業と契約を締結しています。また、当社では経営戦略の基本方針として、「深化」と「探索」の両軸から成るT型戦略の概念を取り入れております。研究開発においては、全体の研究予算のうち約70%を「深化」(既存研究の深掘りや研究開発プロジェクト推進、知財の強化)に、約30%を「探索」(新領域における基礎研究や、基礎研究に基づく新規知財の創出など)に配分することで、短期的成果と中長期的成長の両立を図る、バランスの取れた研究体制を構築しています。

 

(2) 事業の概要

a 近視領域

近視は、網膜剥離・緑内障・黄斑変性など視覚障害を引き起こす失明原因の一つであり、有病率の急増は世界的な公衆衛生上の課題となっています。世界保健機関(WHO)が発表した『The Impact of Myopia and High Myopia』によると、2020年時点で世界の近視人口は約26億人に達しており、2050年には約48億人、世界人口のほぼ半数に相当するとの予測が示されています。また、近視は単なる屈折異常にとどまらず、進行すると強度近視となり、不可逆的な視機能障害を引き起こすことから、早期の介入と予防的治療法の確立が求められています。2024年には、日本国内において低濃度アトロピン点眼液が小児の近視進行抑制薬として初めて承認され、近視治療に対する医療関係者・保護者・行政の関心が一層高まっています。近視領域は、全世界で数兆円規模の市場が見込まれており、特に疾患進行を抑制する根本的治療法の不足という点において、極めて大きなアンメット・メディカル・ニーズを抱える研究領域です。

 

 


 

 

当社代表取締役社長・坪田一男が教授を務めていた慶應義塾大学医学部眼科教室において、2017年に波長360~400nmの可視光「バイオレットライト(*5)」が、近視の進行抑制に有効であることが発見されました。その後の研究により、バイオレットライトが非視覚系光受容体(*6)であるOPN5(オプシン5)(*7)を刺激することで、脈絡膜(*8)を介して眼球内の血流を維持・増加させる作用を有することが明らかとなっています。さらに、近視進行における虚血の役割、虚血が強膜へ及ぼす影響を踏まえたこれら一連の研究成果は、当社の中核技術として特許による保護を積極的に進めており、他社との差別化を図る独自の競争優位性の源泉となっています。中でも「現代の生活環境において不足しているバイオレットライトを、効率的かつ安全に子どもたちへ提供することにより近視進行を抑制する」という技術概念は、当社の研究開発活動の根幹を成す理念となっています。この考えに基づき、当社では以下に示すような多面的な研究アプローチを展開しております。

 

*5 バイオレットライト:波長360~400nmの光を指し、JIS Z 8120 「光学用語」により、この波長域の光は可視光波長域の短波長限界と定義されている。

*6 非視覚系光受容体:光受容体のなかで、「見るため」ではない目的で働く種類のものを指す。OPN5は非視覚系光受容体の一種のこと

*7 OPN5(オプシン5):ヒトにおいて380nmにその吸収スペクトルのピークを持つ、非視覚系光受容体のこと。

*8 脈絡膜:網膜と強膜の間にあり、眼球壁を形成する膜のこと。

 

 

 

 


 

 

(a) TLG-001

TLG-001は、バイオレットライト(波長360~400nm)を照度で照射することにより、子どもの近視進行を予防することを目的とした、メガネフレーム型の医療機器です。本デバイスにおけるバイオレットライト照度は、東京における屋外の水平方向・東西南北方位の年間平均バイオレットライト放射照度に基づいて設定されており、現代の屋内中心の生活により不足しがちなバイオレットライトを適切に補うことを意図しています。デバイスの安全性については、探索的治験により確認済みであり、2022年6月より、パートナー企業である株式会社ジンズホールディングス(以下、ジンズ社)が、医療機器製造販売承認の取得に向けた最終段階の検証治験(*9)を実施しております。現在、すべての被験者が治療期間を終了し、観察期間に移行しています。当社は、ジンズ社と日本国内における実施許諾契約を締結しており、近視進行抑制を目的とした医療機器としての製造販売承認の取得を目指し、ジンズ社が当局への承認申請を行い、承認取得後販売開始を計画しています。本件におけるビジネスモデルは、契約一時金に加え、マイルストーン、ロイヤリティ収入を得る契約形態となっております。

 

*9 検証治験:医療機器開発における、医療機器承認を目指した、主に有効性を評価する臨床試験のこと。

 


 

(b) TLM-003

TLM-003は、近視進行を抑制する新規メカニズムの点眼薬です。TLG-001がバイオレットライトによって眼内血流を増大させることで眼軸伸長を抑制して近視を予防するのに対し、本点眼薬は近視の進行に伴う強膜の菲薄化を抑制し、強膜の伸展を防ぐことによって眼軸伸長を抑制する作用機序を有しています。本剤は、すでに動物実験(近視モデルマウス)において有意な近視進行抑制効果を確認しており、その有効性の裏付けとなるデータをもとに、ロート製薬株式会社(以下、ロート社)と長期の開発契約を締結しております。ロート社は、本事業年度において第1相臨床試験を終了しており、安全性が確認されており、2025年から第2相臨床試験を開始予定です。

 

 

(c) TLM-023

TLM-023は血流改善が期待される新規メカニズムの点眼薬です。近視進行においては眼の虚血が大きな役割を担っていると考えられ、本剤はその虚血を改善することで近視を予防する新規薬剤です。これまでに動物モデルでの有効性および安全性が確認されており、これらのデータをもとにヒトでの安全性を評価する臨床研究を開始予定です。

 

 

b ドライアイ領域

現代の視覚情報化社会において、眼は酷使される状況が常態化しており、乾燥環境による涙液の蒸発増大や、現代社会におけるストレスの蓄積による涙液分泌の低下が、ドライアイを引き起こす一因となっています。症状としては、眼が乾く、眼が疲れる、眼が重いといった不定愁訴(*10)が多く報告されており、日本国内だけでも約2,000万人の潜在的なドライアイ患者が存在すると考えられています(ドライアイ研究会ホームページより)。ドライアイは、涙液層の不安定性を背景とする不定愁訴を主症状とした疾患であり、その病態には涙液および眼表面の慢性炎症が深く関与していることが近年明らかになってきています。現代社会においてその有病率は急速に上昇しており、特に新型コロナウイルス感染症の影響により在宅勤務が広がったことで、ドライアイ症状を有する患者が急増していると考えられています。涙液層の不安定化の主な要因は、涙液そのものの減少、ムチン層(*11)の減少や異常、そして油層(*11)の異常による涙液の過剰な蒸発に大別されます。これらの要因はいずれも涙液層の恒常性破綻を引き起こし、それに伴って眼表面の炎症や神経異常が生じることが知られています。さらに、この炎症や神経異常は涙液分泌のさらなる低下や構成成分の異常を招き、涙液層の不安定性を悪化させるという悪循環を形成します。現在、ドライアイ治療法の開発が、世界中で精力的に進められています。とりわけ、炎症を抑制しつつ涙液層の恒常性を回復させることを目指した新たな治療戦略が注目を集めており、ドライアイは依然として大きなアンメット・メディカル・ニーズを抱える領域であると位置づけられています。当社においても、こうした複雑な病態に対応すべく、眼の周囲環境を整えるためのメガネ型デバイスの開発や、涙液分泌を内因性に促進する機能性サプリメントの研究開発を推進しています。日常生活において無理なく取り入れられるこれらの新たなアプローチにより、ドライアイに伴う症状の軽減と視機能の質(Quality of Vision, QOV)の向上を図ることを目指しています。

 

*10 不定愁訴:頭痛や食欲不振など主観的な多岐にわたる自覚症状の訴えがあるものの、検査をしても客観的所見に乏しく、原因となる病気が見つからない状態。

*11 涙液層(水層)、油層、ムチン層:涙を構成する3層。涙液(水)は上まぶたの涙腺から、ムチンという粘性成分は結膜から分泌される。最表層である油層は、上下まぶた裏側にあるマイボーム腺から出て、水分の蒸発を防ぐ役割がある。

 

 

 


 

 

(a) TLM-001

ドライアイは、上図に示すように油層・水層(涙液層)・ムチン層(*11)からなる3層構造の涙液層が不安定となり、眼表面に慢性的な炎症や不快感、さらには神経由来の慢性疼痛を引き起こす疾患です。これら3層のいずれか一つに障害が生じた場合でも、涙液層全体の安定性は損なわれ、視機能やQOV(Quality of Vision)に深刻な影響を与えることがあります。近年増加しているタイプのドライアイは、特に油層の機能不全に起因するものが多いとされており、この油層は、まぶたの縁に存在するマイボーム腺と呼ばれる脂腺から分泌される脂質によって構成されています。加齢や慢性炎症などの影響によりマイボーム腺機能が低下すると、油層が不安定化し、涙液の蒸発が亢進することでドライアイが悪化することが知られています。当社ではこの病態に着目し、ビタミンD関連物質がマイボーム腺機能を回復させることを、動物モデルおよび臨床研究により証明いたしました。現在、ビタミンD関連物質を主成分とする眼軟膏の開発を進めており、マルホ株式会社と本剤の全世界における開発および商業化に関する契約を締結しております。今後、本開発が進展することにより、マイルストーン収入を段階的に得るとともに、製品が上市された際にはロイヤリティ収入を受け取る契約スキームとなっており、当社のドライアイ領域における中核的なパイプラインの一つとして位置づけられています。

 

 

c 老視領域

老視は、加齢に伴って水晶体が硬化し、その弾性が低下することで生じる調節力障害であり、40歳以降の多くの人に発症する加齢性眼疾患です。最も顕著な症状として、近方視が困難になることが挙げられ、日常生活において読書やスマートフォンの操作などに支障をきたします。これまで老視に対しては、多焦点メガネや眼内レンズ、リーディンググラスなどの光学的補正手段が中心でしたが、水晶体の加齢変化そのものに対して予防あるいは治療を行う医薬品は、いまだ開発されておりません。老視の潜在患者数は、事実上40歳または50歳以上の全人類に相当するとされており、今後世界的に進行する超高齢化社会において、老視に起因する生活の質の低下は一層深刻化すると予測されます。水晶体の老化は、眼におけるエイジング現象の代表的なものであり、細胞代謝や酸化ストレス、蛋白質架橋形成など複数の老化関連因子が関与していると考えられています。当社では、この老化プロセスに着目し、代謝調節という新しい切り口から、医薬品や関連製品の研究開発を推進しております。

 

 

d 脳疾患領域
(a) TLG-005

眼が脳の神経組織の一部であることに着目し、当社では、バイオレットライトが眼のみならず脳にも血流促進効果をもたらす可能性に注目し、研究を重ねてまいりました。その結果、バイオレットライトの照射により脳内血流の増加を実証し、この作用が中枢神経系疾患に対する新たな治療的可能性を持つことが示唆されています。

従来、バイオレットライトは近視予防に有効であることが知られてきましたが、近年ではそれに加え、うつ病や認知症などの脳疾患への応用可能性についても検討が進められており、当社ではうつ病、パーキンソン病、および軽度認知障害を対象とした特定臨床研究を実施しました。いずれの研究においても、機器の安全性が確認されております。うつ病に関しては、有効性を示す結果が得られ、パーキンソン病においても、一部の症状に対してバイオレットライトの照射が改善効果を示唆する結果が得られております。軽度認知障害に関する研究では、当初設定した主要な有効性指標において統計的有意差を示すには至りませんでしたが、これまでに得られたデータを基に、現在さらなる詳細な解析を進めております。

 

 


 

 

e その他

当社では、バイオレットライトの医療応用に関する研究を多角的に展開しています。現在、バイオレットライトが脈絡膜の機能維持に寄与する可能性に着目し、後眼部疾患への応用に向けた基礎的・臨床的検討を進めています。また、光による角膜コラーゲンのクロスリンク(*12)を用いた円錐角膜治療の臨床研究(TLG-003)から得られた知見を基に今後の開発方針を検討中です。さらに、網膜に存在する非視覚系光受容体OPN5が、概日リズム(*13)を調節する上で重要な役割を果たすことが明らかとなっており、これを応用した新たな治療アプローチとして、女性の月経不順を対象としたバイオレットライト照射による臨床研究を実施中です(TLG-021)。サーカディアンリズムの調整を通じた非薬物的かつ副作用の少ない治療手段の確立を目指しています。また、ペット医療への展開も視野に入れ、老犬の体調管理を目的としたバイオレットライト照射の有用性を評価する研究を、公的支援のもとで実施中です(TLG-019)。

 

*12 クロスリンク:ドイツのSeilerらが開発した円錐角膜の手術方法のこと。リボフラビンなどを点眼し、365nmの波長の光を照射すると、角膜のコラーゲン繊維が架橋(クロスリンキング)される。

*13 概日リズム:体内時計である約24時間周期のリズムを概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ぶ。

 

(3) 当社のパイプライン

以下の表は、当社の開発製品並びにその適応症、市場、開発段階及び本書提出日現在の進捗状況を示しております。

なお、製品の開発に際しては様々なリスクを伴います。当社製品の開発リスクの概要については、「第2[事業の状況] 3[事業等のリスク]」の通りであります。

 

 



 

 

4 【関係会社の状況】

該当事項はありません。

 

5 【従業員の状況】

(1) 提出会社の状況

 

 

 

2025年3月31日現在

従業員数(名)

平均年齢(歳)

平均勤続年数(年)

平均年間給与(千円)

17

47.8

1.6

8,874

 

 

事業部門の名称

従業員数(名)

研究開発本部

9

事業開発本部

4

管理本部

4

合計

17

 

(注) 1.当社は単一セグメントであるため、事業部門別の従業員数を記載しております。

2.臨時従業員数は、在籍していないため、人員を記載しておりません。

3.当事業年度において、事業運営体制の強化に向けた採用活動を実施した結果、従業員数が10名増加しました。

 

(2) 労働組合の状況

当社には、労働組合は組成されておりませんが、労使関係は良好に推移しております。

 

(3) 管理職に占める女性労働者の割合、男性労働者の育児休業取得率及び労働者の男女の賃金の差異

当社は、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)」及び「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成3年法律第76号)」の規定による公表義務の対象ではないため、記載を省略しております。